2010/08/31

こころにぐっときたこと

ども、残暑がきびしいざんしょ。
ってことで、暑さでいろいろへばってます。
どもこんばんは、安井です。


アニメーション監督であり、漫画家でもあった、今敏(こんさとし)が亡くなった。
膵臓癌で48歳の若さだった。

アニメ映画「PERFECT BLUE」のインパクトは忘れられない。
「MEMORIES/彼女の想いで」の作品の人ということで観にいこうってなったとうろ覚え。
「MEMORIES/彼女の想いで」の世界観が好きだったからね。

梅田のテアトル梅田まで友達と観にいった。
「PERFECT BLUE」、アニメのすごさを実感できた作品だった。
アニメなんて子どものものってイメージを払拭したな。可能性を感じた。
「攻殻機動隊」を観た後に観たのもだいぶあったのかもしれない。

「千年女優」にしても「東京ゴッドファーザーズ」にしても「パプリカ」にしても、
世界観がすごく好きだ。キャラクターも。
平沢進との音楽との融合はすごい好きだったな。
ただ、ちょいとばかりストーリーの詰めが甘いなと思える作品ばかりでもあるけども、、、

なんだかんだと自分のアニメ・マンガ好きな人生にかなり影響を与えた人。
本当に残念。ありがとう。


最後に勝手に転記して悪いけども、彼の最後のブログの投稿を載せようと思う。
Webサイト「KON'S TONE」より2010年8月25日の記事「さようなら」
http://konstone.s-kon.net/modules/notebook/archives/565


忘れもしない今年の5月18日。
武蔵野赤十字病院、循環器科の医師から次のような宣告を受けた。
「膵臓ガン末期、骨の随所に転移あり。余命長くて半年」
妻と二人で聞いた。二人の腕だけでは受け止められないほど、唐突で理不尽な運命だった。
普段から心底思ってはいた。
「いつ死んでも仕方ない」
とはいえあまりに突然だった。


確かに兆候はあったと言えるかもしれない。その2〜3ヶ月前から背中の各所、脚の付け根などに強い痛みを感じ、右脚には力が入らなくなり、歩行にも大きく困難を生じ、鍼灸師やカイロプラクティックなどに通っていたのだが、改善されることはなく、MRIやPET-CTなどの精密機器で検査した結果、いきなりの余命宣告となった次第である。
気がつけば死がすぐ背後にいたようなもので、私にはどうにも手の打ちようもなかったのだ。


宣告の後、生き延びるための方法を妻と模索してきた。それこそ必死だ。
頼もしい友人や強力この上ない方の支援も得てきた。抗ガン剤は拒否し、世間一般とは少々異なる世界観を信じて生きようとした。「普通」を拒否するあたりが私らしくていいような気がした。どうせいつだって多数派に身の置き所なんかなかったように思う。医療についてだって同じだ。現代医療の主流派の裏にどんなカラクリがあるのかもあれこれ思い知った。
「自分の選んだ世界観で生き延びてやろうじゃないか!」
しかし。気力だけではままならないのは作品制作とご同様。
病状は確実に進行する日々だった。


一方私だって一社会人として世間一般の世界観も、半分くらいは受け入れて生きている。ちゃんと税金だって払ってるんだから。立派には縁遠いが歴とした日本社会のフルメンバーの1人だ。
だから生き延びるための私的世界観の準備とは別に、
「ちゃんと死ぬための用意」
にも手を回してきたつもりだ。全然ちゃんと出来なかったけど。
その一つが、信頼のおける二人の友人に協力してもらい、今 敏の持つ儚いとはいえ著作権などの管理を任せる会社を作ること。
もう一つは、たくさんはないが財産を円滑に家内に譲り渡せるように遺言書を作ることだった。無論遺産争いがこじれるようなことはないが、この世に残る妻の不安を一つでも取り除いてやりたいし、それがちょいと向こうに旅立つ私の安心に繋がるというもの。


手続きにまつわる、私や家内の苦手な事務処理や、下調べなどは素晴らしき友人の手によってスピーディに進めてもらった。
後日、肺炎による危篤状態の中で、朦朧としつつ遺言書に最後のサインをしたときは、とりあえず、これで死ぬのも仕方ないと思ったくらいだった。
「はぁ…やっと死ねる」
なにしろ、その二日前に救急で武蔵野赤十字に運ばれ、一日おいてまた救急で同じ病院へ運ばれた。さすがにここで入院して細かい検査となったわけだ。結果は肺炎の併発、胸水も相当溜まっている。医師にはっきり聞いたところ、答えは大変事務的で、ある意味ありがたかった。
「持って…一日二日……これを越えても今月いっぱいくらいでしょう」
聞きながら「天気予報みたいだな」と思ったが事態は切迫していた。
それが7月7日のこと。なかなか過酷な七夕だったことだよ。


ということで早速腹はきまった。
私は自宅で死にたい。
周囲の人間に対して最後の大迷惑になるかもしれないが、なんとしてでも自宅へ脱出する方法をあたってもらった。
妻の頑張りと、病院のあきらめたかのような態度でありつつも実は実に助かる協力、外部医院の甚大な支援、そして多くの天恵としか思えぬ偶然の数々。
あんなに上手く偶然や必然が隙間なくはまった様が現実にあるとは信じられないくらいだ。「東京ゴッドファーザーズ」じゃあるまいし。


妻が脱出の段取りに走り回る一方、私はと言えば、医師に対して「半日でも一日でも家にいられればまだ出来ることがあるんです!」と訴えた後は、陰気な病室で一人死を待ち受けていた。
寂しくはあったが考えていたのはこんなこと。
「死ぬってのも悪くないかもな」
理由が特にあるわけもなく、そうとでも思わないといられなかったのかもしれないが、気持ちは自分でもびっくりするほど穏やかだった。
ただ、一つだけどうしても気に入らない。
「この場所で死ぬのだけは嫌だなぁ…」
と、見ると壁のカレンダーから何か動き出して部屋に広がり始めるし。
「やれやれ…カレンダーから行列とはな。私の幻覚はちっとも個性的じゃないなぁ」
こんな時だって職業意識が働くものだと微笑ましく感じたが、全くこの時が一番死の世界に近寄っていたのかもしれない。本当に死を間近に感じた。
死の世界とシーツにくるまれながら、多くの人の尽力のおかげで奇跡的に武蔵野赤十字を脱出して、自宅に辿り付いた。
死ぬのもツライよ。
断っておくが、別に武蔵野赤十字への批判や嫌悪はないので、誤解なきよう。
ただ、私は自分の家に帰りたかっただけなのだ。
私が暮らしているあの家へ。


少しばかり驚いたのは、自宅の茶の間に運びこまれるとき、臨死体験でおなじみの「高所から自分が部屋に運ばれる姿を見る」なんていうオマケがついたことだった。
自分と自分を含む風景を、地上数メートルくらいからだろうか、ワイド気味のレンズで真俯瞰で見ていた。部屋中央のベッドの四角がやけに大きく印象的で、シーツにくるまれた自分がその四角に下ろされる。あんまり丁寧な感じじゃなかったが、文句は言うまい。


さて、あとは自宅で死を待つばかりのはずだった。
ところが。
肺炎の山を難なく越えてしまったらしい。
ありゃ?
ある意味、こう思った。
「死にそびれたか(笑)」
その後、死のことしか考えられなかった私は一度たしかに死んだように思う。朦朧とした意識の奥の方で「reborn」という言葉が何度か揺れた。
不思議なことに、その翌日再び気力が再起動した。
妻を始め、見舞いに来て気力を分け与えてくれた方々、応援してくれた友人、医師や看護師、ケアマネージャなど携わってくれている人すべてのおかげだと思う。本当に素直に心の底から。


生きる気力が再起動したからには、ぼんやりしているわけにはいかない。
エクストラで与えられたような命だと肝に命じて、大事に使わねばならない。
そこで現世に残した不義理を一つでも減らしたいと思った。
実はガンのことはごくごく身の回りの人間にしか伝えていなかった。両親にも知らせていなかったくらいだ。特に仕事上においては色々なしがらみがあり、言うに言えなかった。
インターネット上でガンの宣言をして、残りの人生を日々報告したい気持ちもあったのだが、今 敏の死が予定されることは、小さいとはいえ諸々影響が懸念されると思えたし、それがゆえに身近な知り合いにも不義理を重ねてしまっていた。まことに申し訳ない。


死ぬ前にせめて一度会って、一言でも挨拶したい人はたくさんいる。
家族や親戚、古くは小中学校からの友人や高校の同級生、大学で知り合った仲間、漫画の世界で出会い多くの刺激を交換した人たち、アニメの世界で机を並べ、一緒に酒を飲み、同じ作品で腕前を刺激しあい、楽しみも苦しみも分け合った多くの仲間たち、監督という立場のおかげで知り会えた数知れないほどたくさんの人びと、日本のみならず世界各地でファンだといってくれる人たちにも出会うことが出来た。ウェブを通じて知り合った友人もいる。


出来れば一目会いたい人はたくさんいるが(会いたくないのもいるけれど)、会えば「この人ともう会えなくなるんだな」という思いばかりが溜まっていきそうで、上手く死を迎えられなくなってしまいそうな気がした。回復されたとはいえ私に残る気力はわずかで、会うにはよほどの覚悟がいる。会いたい人ほど会うのがつらい。皮肉な話だ。
それに、骨への転移への影響で下半身が麻痺してほぼ寝たきりになり、痩せ細った姿を見られたくもなかった。多くの知り合いの中で元気な頃の今 敏を覚えていて欲しいと思った。
病状を知らせなかった親戚、あらゆる友人、すべての知人の皆さん、この場を借りて不義理をお詫びします。でも、今 敏のわがままも理解してやっていただきたい。
だって、「そういうやつ」だったでしょ、今 敏って。
顔を思い出せば、いい思い出と笑顔が思い起こされます。
みんな、本当にいい思い出をたくさんありがとう。
自分の生きた世界を愛している。
そう思えることそのものが幸せだ。


私の人生で出会った少なからぬ人たちは、肯定的否定的どちらであっても、やっぱり今 敏という人間の形成にはどこか必要だっただろうし、全ての出会いに感謝している。その結果が四十代半ばの早い死であったとしても、これはこれとして他ならぬ私の運命と受け止めている。いい思いだって随分させてもらったのだ。
いま死について思うのはこういうこと。
「残念としかいいようがないな」
本当に。


しかし、多くの不義理は仕方ないと諦めるにせよ、私がどうしても気に病んで仕方なかったことがある。
両親とマッドハウス丸山さんだ。
今 敏の本当の親と、アニメ監督の親。
遅くなったとはいえ、洗いざらい本当のことを告げる以外にない。
許しを乞いたいような気持ちだった。


自宅に見舞いに来てくれた丸山さんの顔を見た途端、流れ出る涙と情けない気持ちが止めどなかった。
「すいません、こんな姿になってしまいました…」
丸山さんは何も言わず、顔を振り両手を握ってくれた。
感謝の気持ちでいっぱいになった。
怒涛のように、この人と仕事が出来たことへの感謝なんて言葉ではいえないほどの歓喜が押し寄せた。大袈裟な表現に聞こえるかもしれないが、そうとしか言いようがない。
勝手かもしれないが一挙に赦された思いがした。


一番の心残りは映画「夢みる機械」のことだ。
映画そのものも勿論、参加してくれているスタッフのことも気がかりで仕方ない。だって、下手をすればこれまでに血道をあげて描いて来たカットたちが誰の目にも触れない可能性が十分以上にあるのだ。
何せ今 敏が原作、脚本、キャラクターと世界観設定、絵コンテ、音楽イメージ…ありとあらゆるイメージソースを抱え込んでいるのだ。
もちろん、作画監督、美術監督はじめ、多くのスタッフと共有していることもたくさんあるが、基本的には今 敏でなければ分からない、作れないことばかりの内容だ。そう仕向けたのは私の責任と言われればそれまでだが、私の方から世界観を共有するために少なからぬ努力はして来たつもりだ。だが、こうとなっては不徳のいたすところだけが骨に響いて軋んだ痛みを上げる。
スタッフのみんなにはまことに申し訳ないと思う。
けれど少しは理解もしてやって欲しい。
だって、今 敏って「そういうやつ」で、だからこそ多少なりとも他とはちょっと違うヘンナモノを凝縮したアニメを作り得てきたとも言えるんだから。
かなり傲慢な物言いかもしれないが、ガンに免じて許してやってくれ。


私も漫然と死を待っていたわけでなく、今 敏亡き後も何とか作品が存続するべく、ない頭を捻って来た。しかしそれも浅知恵。
丸山さんに「夢みる機械」の懸念を伝えると、
「大丈夫。なんとでもするから心配ない」
とのこと。
泣けた。
もう号泣。
これまでの映画制作においても予算においても不義理ばかり重ねて来て、でも結局はいつだって丸山さんに何とかしてもらって来た。
今回も同じだ。私も進歩がない。
丸山さんとはたっぷり話をする時間が持てた。おかげで、今 敏の才能や技術がいまの業界においてかなり貴重なものであることを少しだけ実感させてもらった。
才能が惜しい。何とかおいていってもらいたい。
何しろザ・マッドハウス丸山さんが仰るのだから多少の自信を土産に冥途に行けるというものだ。
確かに他人に言われるまでもなく、変な発想や細かい描写の技術がこのまま失われるのは単純に勿体ないと思うが、いた仕方ない。
それらを世間に出す機会を与えてくれた丸山さんには心から感謝している。本当ににありがとうございました。
今 敏はアニメーション監督としても幸せ者でした。


両親に告げるのは本当に切なかった。
本当なら、まだ身体の自由がきくうちに札幌に住む両親にガンの報告に行くつもりだったが、病気の進行は悔しいほど韋駄天で、結局、死に一番近づいた病室から唐突極まりない電話をすることになってしまった。
「オレ、膵臓ガン末期でもうすぐ死ぬから。お父さんとお母さんの子供に生まれて来て本当に良かった。ありがとう」
突然聞かされた方は溜まったものではないだろうが、何せその時はもう死ぬという予感に包まれていたのだ。


それが自宅に帰り、肺炎の危篤を何とか越えて来た頃。
一大決心をして親に会うことにした。
両親だって会いたがっていた。
しかし会えば辛いし、会う気力もなかったのだが、どうしても一目親の顔を見たくなった。直接、この世に産んでもらった感謝を伝えたかった。
私は本当に幸せだった。
ちょっと他の人より生き急いでしまったのは、妻にも両親にも、私が好きな人たちみんなに申し訳ないけれど。
私のわがままにすぐ対応してくれて、翌日には札幌から両親が自宅についた。
寝たきりとなった私を一目見るなり母が言った言葉が忘れられない。
「ごめんねぇ!丈夫に産んでやれなくて!」
何も言えなかった。


両親とは短い間しか過ごさなかったが、それで十分だった。
顔を見れば、それですべてわかるような気がしたし、実際そうだった。


ありがとう、お父さん、お母さん。
二人の間の子供としてこの世に生を受けたことが何よりの幸せでした。
数えきれないほどの思い出と感謝で胸がいっぱいになります。
幸せそのものも大事だけれど、幸せを感じる力を育ててもらったことに感謝してもしきれません。
本当にありがとうございました。


親に先立つのはあまりに親不孝だが、この十数年の間、アニメーション監督として自分の好きに腕を振るい、目標を達成し、評価もそれなりに得た。あまり売れなかったのはちょいと残念だが、分相応だと思っている。
特にこの十数年、他人の何倍かの密度で生きていたように思うし、両親も私の胸のうちを分かってくれていたことだろう。


両親と丸山さんに直接話が出来たことで、肩の荷が下りたように思う。


最後に、誰よりも気がかりで、けれど最後まで頼りになってくれた妻へ。
あの余命宣告以来何度も二人で涙にくれた。お互い、身体的にも精神的にも過酷な毎日だった。言葉にすることなんて出来ないくらい。
でも、そんなしんどくも切ない日々を何とか越えて来られたのは、あの宣告後すぐに言ってくれた力強い言葉のおかげだと私は思っている。
「私、最後までちゃんと伴走するからね」
その言葉の通り、私の心配など追い越すかのように、怒濤のごとく押し寄せるあちらこちらからの要求や請求を交通整理し、亭主の介護を見よう見まねですぐに覚え、テキパキとこなす姿に私は感動を覚えた。
「私の妻はすごいぞ」
今さらながら言うな?って。いやいや、今まで思っていた以上なんだと実感した次第だ。
私が死んだ後も、きっと上手いこと今 敏を送り出してくれると信じている。
思い起こせば、結婚以来「仕事仕事」の毎日で、自宅でゆっくり出来る時間が出来たと思えばガンだった、ではあんまりだ。
けれど、仕事に没頭する人であること、そこに才能があることを間近にいてよく理解してくれていたね。私は幸せだったよ、本当に。
生きることについても死を迎えるにあたっても、どれほど感謝してもしきれない。ありがとう。


気がかりなことはもちろんまだまだあるが、数え上げればキリがない。物事にも終わりが必要だ。
最後に、今どきはなかなか受け入れてもらいにくいであろう、自宅での終末ケアを引き受けてくれた主治医のH先生、そしてその奥様で看護師のKさんに深い感謝の気持ちをお伝えしたい。
自宅という医療には不便きわまりない状況のなか、ガンの疼痛をあれやこれやの方法で粘り強く取り除いていただき、死というゴールまでの間を少しでも快適に過ごせるようご尽力いただき、どれほど助けられたことでしょう。
しかも、ただでさえ面倒くさく図体と態度の大きな患者に、単なる仕事の枠組みをはるかに越え、何より人間的に接していただいたことにどれほど私たち夫婦が支えられ、救われたか分かりません。先生方御夫婦のお人柄にも励まされることも多々ありました。
深く深く感謝いたしております。


そして、いよいよ最後になりますが、5月半ばに余命宣告を受けてすぐの頃から、公私に渡って尋常ではないほどの協力と尽力、精神的な支えにもなってくれた二人の友人。株式会社KON’STONEのメンバーでもある高校時代からの友人Tと、プロデューサーHに心からの感謝を送ります。
本当にありがとう。私の貧相なボキャブラリーから、適切な感謝の言葉を探すのも難しいほど、夫婦揃って世話になった。
2人がいなければ死はもっとつらい形で私や、そばで看取る家内を呑み込んでいたことでしょう。
何から何まで、本当に世話になった。
で。世話になりついでですまんのだが、死んだあとの送り出しまで、家内に協力してやってくれぬか。
そうすりゃ、私も安心してフライトに乗れる。
心から頼む。


さて、ここまで長々とこの文章におつき合いしてくれた皆さん、どうもありがとう。
世界中に存する善きものすべてに感謝したい気持ちと共に、筆をおくことにしよう。


じゃ、お先に。

今 敏


涙が止まりませんでした。
ありがとうございました。


※マンガ「海帰線」とアニメ映画「PERFECT BLUE」

2010/08/28

台湾に感じること

ども、長い夏休みもらいました。
平日の5日を休みにして、9連休です。お盆も出社したからね。
もう社会人に戻れる気がしません。でも月曜から客先での打ち合わせあるある!
がんばるよ~。出社の前々日からしてめらんこりっく安井です。こんばんは。


その休みを利用して台湾に行ってきました。臺灣です。
今まで行きたかった場所です。この目で見たかった土地です。
やっと行けた感じがします。楽しかったな。

台湾って、国としては国連から正式に認められてないんです。
中華民国という国ではなくて、中華人民共和国の一部、もしくはアメリカの支配下のままとか、日本のままとか、
いろいろあるみたいですよね。
あれだけ経済発展しているのに地図上は空白っておもしろなと思う。

自分は中国がほんとうに嫌いなんですよ。
今まで何回も言っていると思うけども、中国共産党が嫌いで、
その中国共産党に育てられた漢民族の中国人が嫌いです。
中国本土は何度も見たし、その中国人とも交流があるけども、やっぱり好きになれないな。
もちろんいい人はいるんだけどね。

中国のようで中国でない台湾、ここに行きたかった。
中国の宝物を集めている故宮博物院に行きたかったのが一番やけどね。
蒋介石の中華民国政府が持ち出し、台湾に移った中国の宝物。

その中でも一番見たかったのが王羲之の『快雪時晴帖』の現物。現物でもすでに複製だけど。
北京の故宮博物院では王羲之の『蘭亭序』の写しは見たからね。あれは楽しかった。
『快雪時晴帖』の「神」の印を見たよ。

中国の王様ってあほでさ、自分が所有した有名な宝物には自分の署名とかおすすめ文を書き込むの。
だから、有名なやつほど歴代の王様のイランモノがあるの。
それを見るのがたのしい。それが見たくね、特に王羲之のには多いのよ。
見たかった。見れた。すごいの。書はいのにね、だれの印だよってのばかりでw

あれこれと故宮博物院がたのしかった。
時間がいっぱいでちゃんとみれなかったのが問題なかって、、
また行かないと。

それはそうと、台湾ですよ!
台湾がね、すごいのよ。もう中国そのもの。
人も同じ中国人顔なの。そりゃそうだ同じ漢民族だ。
でもね、中国本土とは全然違う!すごい!順番守るし!信号が赤では車が止まるの!
もうね、感動!民度が高い!って。

でも、鼻に届くニオイは中国だった。
ドブとパクチーと醤油を煮込んだのが混じったようなニオイ。くさいの!

あれこれとあるけども、中国共産党が瓦解して民主化したとする、
するとできあがるが台湾になるんだなって思った。
だからさ、中国共産党は早く無くなるべきだってちゃんと思えた。
中国は早く民主化するべきだ!しなければならない。
わかったよ。あの国はもう終わりだ。
早くなんとかかしないと。

台湾はいい国だ。これを国と認めるべきだと思える。
中国を持ち上げてあれこれ言うのって結局は将来的によくないんじゃないのかな。
もっと台湾をフィーチャーしたらいいのに。そして、中国を持ち上げしすぎないの!
これって大切なんじゃないかな。

自分は台湾に行けてよかった。
あの島の人を見れて良かった。
一緒に行けてよかった。
天気良すぎで疲れたけども。

また行きたいな。
ここには書ききれないけど、中国と台湾との違いをかなり考えてしまった。
たいわんわん。
ここには書ききれないけど、他にもたのしいことたくさんあったんですよ。
そして、日本と台湾と中国、もう一度歴史を学ぼうと思った。
よかったよ。

2010/08/17

放課後ビールタイム

今日の就業中は1日、イエローモンキーのJAMがエンドレスで脳内BGMでした。
乗客に日本人はいませんでした!いませんでした!
そんな夜だもんね、君にあいたくてあいたくてでした。
ということで、こんばんは安井です。お盆も絶賛労働でした!


前に一緒に住んでた友達と、なんとなく音楽しよぜって言い出した。
それも「けいおん!!」見てからとかいう始末。
名称はきっと「放課後ビールタイム」。
名前はもうちょっと変えたいね。

それはそうと、ちょっとばっかしナニカ始めたかった。
普段の生活には無い、ナニカの刺激が欲しいなと思った。
そんな矢先に、前に一緒に住んでた友達の松成さんがキーボード買って練習していると聞いた。
そんなん聞いたらさ、自分もやりたくなるじゃないですか。

学生時代にやろうとして諦めたギター。
三十路を目前に初めて本気出してみようかなと。
思うだけで実行してないけど。

とりあえず、ギブソンですよ!レスポールですよ!ヘリテージチェリーサンバースト!
なんて言いながら本阿弥さんと三条のJUGIAへ行ってきた。
えぇ、目当てのギターはありましたが、値段を考えて、諦めた! 早っ!
誰かからもらったりしようと決めました。お金で挫折。
やる気がその程度ってことですね。ごめんなさい。
まさふみさんからギターの算段はつけたので、次の休みからがんばります。

JUGIAでギターよりも気になったのがありました。

vestaxのVCI-300です。PCDJのコントローラー。
もうね、実機を初めて触ったんだけど、これすごい!ほんと欲しい!
6万くらいですか、そうですか、いいですね。買いますよ!
ギターよりもこっちに興味津々です。

ちょうどね、Let's NoteをSSDに換装したとこだし、これは野外で使えるかもね
っていろいろ想像してました。趣味が増えそうです。
ギターにお金が掛からなくなった分をこっちに回そうと思います。 あれ!?

人生に音楽は必要だと思う。
宗教と音楽ってのも関わりを調べたらかなり面白いだろうと思う。
CDが売れないとか言っているけども、
僕達の生活に音楽は必要不可欠で、無くなったら死ぬ。

いまさらだけど、聞いてばかりの音楽好きから、
少しは音楽作れる人になりたいなと思ってます。
そして一攫千金ですよ!
ポーポーポポポポポポ!

2010/08/10

クラウドってなんだろ

8月も中盤に差し掛かってきましたね。
今年はぜんぜん夏らしいことしてないように思う。
いや、歳を取るにつれてしなくなっていっているような。
やっぱり長期の夏休みは必要だ!働きたくないぜ!こんばんは安井です。


「クラナドは人生」って話しをしようと思います。
違います。「クラウド」ってなんだろなって話しです。

なんでもないんですが、CMで「クラウド」って言葉を聞くようになりました。
うちの会社のグループの会長も年始の挨拶でクラウドクラウド言ってた。
「クラウド」ってなんでしょうね。

簡単にいうなら、必ずしもじゃないが、ネットワーク経由で
サービスが提供され、どこからでも同じシステムが使える。
というとじゃないでしょうか。簡単にし過ぎたけど、そうでしょう。

SaaSとかPaaSとかHaaSとか言われているやつね。
個人的にはどれも同じようなもんだと思っているし、
そういう名称を付けて固定するのはどうかなとも思う。

自分はシステム屋の世界にいるけれども、いきなりクラウドって言葉がでてきたように思う。
なんていうか、アプリケーションの提供の体形とか、デスクトップの統合とか、サーバの仮想化とか、
すでに存在しているが、名称とか分類が大きく曖昧だったのが”クラウド”になったみたいな。

違和感でいっぱいです。
何をいまさらって感じです。
ASPが出てきて流れは決まっただろうにと。

あまり「クラウド」「クラウド」言わないほうがいいと思います。
特に企業のエライサンは。
所詮クラウドって言葉も流行ですよ。Web2.0みたいなもんですよ。
Web2.0なんて恥ずかしくて誰も使わなくなりましたよね。
そんなもんです。

僕らが求めているのはそんな流行のコトバに乗っかることじゃなくて、
何を目指しているのかが知りたいんですよ。
クラウドが~なんて言っているけど、中身はすごいたくさんのことがある。
それのどこに特化して、何を効率化して、どんなサービスが提供できるのか。
そういう具体的なことを言ってくれないと付いて行けないです。

IT業界のうえのほうでナニカやってるエライサン達がいるから、
結局この業界はこのままで停滞しているんだろうなって思います。
個人的にはORACLEにがんばって欲しいんですけどね、やっぱり頭固いわ。
ORACLEについてもまたいろいろ語りたいと思います。

クラウド話しも中途半端だけど寝る~

ケータイから投稿

ケータイのメールからここに書き込めるということでテスト。

いけるなら更新頑張ってみようかな。

2010/08/02

人生達観

朝顔の成長が著しい。
すんごい速度で成長している。朝顔三日会わざれば刮目して見よ みたいな。
花も咲き始めた。だいたい20株くらいかな。 今や家の壁をだいぶ這っている。
生命ってすごいなって感じさせられます。自分なんて、、、どうも安井です。こんばんに。


こないだ友達に会って言われたコトバ
「安井さん、最近"がんばる"とか"将来の為に云々"とか前向きな言葉言わなくなった」
って。

たしかに言わなくなりましたね。
人生なにかこうあきらめました。
前向きに。

いつまでも肩肘張って、俺は出来る子!って思い込むのやめた。
年収も気にしない。
仕事がすべてじゃない。
できないんだから必要以上がんばらない。
人生なるようになるし、ならないならやる。
食うだけなら自分で農業しらたいい。
幸せって生きること。

そんなこと思うようになってきた。
あれこれしなければならない!って思うのやめた。
気楽にいこう。人生楽しくいこう。
それだけ。

インドに行ってからだいぶ考え方が変わった。
ガンジス川行ってからかなぁ。


2009年の年末に無性にガンジス川が見たくてインドに行った。
ガンジスが流れる聖地であるバラナシに行った。
1人で予定無しで行ったのので、何時間も居た。

この街、というか国、とにかく人が多い。ゴキブリの巣みたい。でもみんな生きている。
小学生くらいの子どもが平日の昼間に平気で働いている。
じじいが平気で詐欺行為してくる。
みんな生きている。

そんな街に流れる川べりでは数多くの火葬場がある。
毎日数千の死体が焼かれている。普通に焼かれている。見た見た。
死期が近い人は、死ぬために各地から訪れて、横の施設で死を待っている。
それを見るために数多くの観光客が訪れる。
それをカモるために数多くの商売人が群がる。

観光客から金をぼったくろうと躍起するインド人の横で、死を待つ人がいる。
むしろ、死んでいて焼かれるのを待つ人がいる。
そんな横で近所の子ども達が遊んでいる。
観光客はガンジス川に浮かぶ船でしゃいでいる。
傍らでおばさんたちが洗濯物洗っている。
沐浴をする人達がいる。
それを見る僕達観光客がいる。
僕等をカモにしようと多くの詐欺師が声を掛けてくる。
とにかく見渡す限りにインド人がいる。

そんな土地。
そんな風景。

あれを見てから、何か価値観が変わった。
人間って生物なんだって。生きていくのってそういうことなんだって。
がんばるのやめようって思った。

言葉にできてないけど、人間の本質がすべて詰まっているのを見た。
人間って生きているんだなって思えた。
ただそれだけ。

ほんとただそれだけだった。
日本のこの社会でがむしゃらにがんばって生きているのがあほらしくなった。

よく、インドに行ったら人生観変わるって言われるけども、
本当に変わるんだな~って今さらながら思えた。

人生なんてちんけなもんです。

2010/07/28

うまいもの食い

城崎マリンワールドに行った。
これすごいいいとこだった。いや~ね、最初はしょぼいと思ってたんですよ。
でもね、魅せる水族館でした。1日じゃ足りないくらい満足できました。
また行きたいですね。城崎の温泉にももっとゆっくり浸かりたいな。
違う土地って楽しいですね、安井です。京都最高こんばんは。


おいしいもの食べてますか?
昨日の土用の丑、ウナギはおいしかったです。

武士は食わねど高楊枝なんて言いますが、うまいもの食いましょう。
うまいもん食って低い楊枝ですよ。謙虚に控えめに。

なんだか前にも同じようなことを書いたけども、
いいもの食って、いいもんの味を知るって、大切なことだと思ってます。
贅沢になれって意味ではなくて。
知識だけではなくて、身体で知るのですよ。

味は想像ができるし、思い出すことができる。
様々な味を覚えていると、レシピを見ることで味を想像できるし、食べることでレシピもある程度想像できる。
料理人は料理を作る時に、食材の混合を想像して味をイメージしているなんてことも聞いたこともある。

おいしい味を知っていればそれを人に教えることが出来る。
人間って、おいしいものを食べていたら幸せなんですよ。
つまり、それをみんなで食べることで、みんなで幸せになれると思っています。

外食した時に自分で注文してみてみんなで食べたらいいし、
家で出すなら自分でその味を作ればいい。
おいしいものをおいしく食べたい。
みんなしあわせ。

おいしいの平和のパワーはすごい。

2010/07/15

石橋を叩いて渡らない

ビール腹の原因はビールじゃない。おつまみこそがメタボの天敵だ!
ってことをどこぞのどこぞのニュースサイトで見たので、今日も楽しくビール飲んでます!
これだけ飲むのにまだこの体重なのは、きっとそんなにおつまみ食わないからですね
ってことで、この夏もビール飲むよ!安井です。こんばんは。


自分の性格ってどういうもんだろって、なんでもないけど思ってました。

前に友達に言われた。
「お前は石橋を叩いて叩いて、渡れるのが分かったところで、横にある吊り橋渡るよな」
って。

確かにそうですね、石橋と吊り橋があるなら、吊り橋を渡りたいですね。
しかも、もしものときを考えて石橋が渡れるのを確認してから。
どれだけ性格ひねくれてんだか。

人生って冒険したいじゃないですか。
そう思ってます。
でも、ちゃんと安心できるナニカがあっての冒険。
ハタから見たら卑怯なのかなって思うけどね。

ナニカをするときはちゃんと見えないところまで色々調べる。
もしもの事が起きてもあれやこれやできることを調べておく。
そして、そこは置いておいて、別に冒険が出来る楽しいことを最大に楽しむ。
想定外が起きたらそれはそれでいいかと思って。

足りない部分も多いけど、ある程度の受け皿を自分で作っておくことで、
自分もそうだけど、一緒にいる人も何かしら楽しめるようになる。
見た目はちゃんらんぽらんでもそういうことをしていると、
結局は自分が楽しめるよになると思っている。

いろいろと人生の楽しみ方を聞かれたりしたんだけど、
結局はそういうところかなて思う。

自分だけじゃなくて、集まるみんなが楽しめることを考えて
自分も最大に楽しめること、それをするのがなんだかんだと人生楽しんでいるところかなと。

情けは人のためにならず って言うけども、
そういういこと考えないのがいいと思う。
アガペですよ。アガペ。 見返りを考えない奉仕っていいと思うのですよ。
そういうの人生ですよ。

なんて言ってみたり。
あ~、サマージャンボ当たらないかなぁ~

2010/07/12

参院選も終わって

生きてます。
更新少なくなっているけど生きてます。
こんばんは安井です。

なんでもないんですけどね、参院選終わりましたね。
民主マンセーではないですけども、自民党が獲得議席多かったことについて、
日本国民ってメディアとかに踊らされて流されるの好きなんだなって思った。

みんなが民主批判しているから民主党はやめようぜ!みたいな風潮が
すごく感じられた。
そうじゃなかったら参院選でも民主優勢でしょうに。
わずか8ヶ月でここまでガタガタになった日本が立て治らないのは見えているのに。

なんかね、国民にヘキヘキです。
自分の国のことを考えているのかな。
考えているようで、まわりに意見合わしているだけなんじゃないかな。
自分の意見をもっと持てよと思った。

別に民主党の工作員でもないですよ。
ただ、個人的にそう思っただけで。

この国はどうなっていくんでしょうね。

2010/07/05

歴史を感じた画像とか

どもども、安井です。
三十路が見えてきました。いろいろ考えちゃいます。
いつまでも若いって思ってたらあれですね。あれですわ。
ってことで、こんばんは。


何気なくネットのニュースを見てました。
先月の末にロシアのメドベージェフ大統領がアメリカに訪米してた。
その一環でアメリカ大統領のオバマとハンバーカー店で昼食をしていったってやつ、
写真みてびっくりした。
こういう世の中になったんだなって。

第二次世界大戦後の冷戦下じゃこんなの考えられなかったことだと思う。
だって、ロシア(旧ソ連)とアメリカの大統領が、
アメリカのハンバーガー屋で一緒に昼飯って。
ここ最近で一番感銘受けた写真かもしれない。


※左がメドベージェフで、右がオバマ

メドベージェフはプーチンの飼い犬みたいなイメージで言われているけど、
ちゃんとした大統領しての行動はしていると思っている。
それがこの画像。 いや、驚いたよ。びっくりした。
時代を感じる。

時代って変わっていくのに、日本にいるとあまり変化を好まないように思う。
民主党に政権交代したって、結局はちゃんと力が発揮できないままに
叩かれて落ちていくような雰囲気だし。
個人的にはもうちょっと時間を掛けて見るべきだと思うけど。

政治に興味ないって人が多いと思うけど、
それは自分の生活に直結しているように見えないから。
でも、なにであれ廻り回って自分のことにもなる。

興味が無いといって無視していることて、
けっこう身近にかかわりあることになったりするんじゃないかな。
ロシアの脅威から中国へのシフトとか、日本の安保についてとか。

ロシアとアメリカの親密具合から、上記の画像を見れてそんなこと思った。

2010/06/28

CDの価値、音楽の流通

日曜にテニスした。すごい汗。すごい汗。
Tシャツを絞ればどばっと汗が落ちます。
暑いからなのかな、身体の代謝がおかしくなってきているのかな。
ともあれ、身体を動かすのは気分がいい。やっぱりまだテニス続けようかな。
ども、こんばんは安井です。


CDの打ち上げが落ちているらしい。
数万枚売れたらオリコンのトップ狙えるとか。
それでも某アイドル集団の売り上げがすごいことになっていて笑える。
ファンが何十枚も買っているんだって。まぁ、それもまた売り手の戦略ですね。

また、ネットで無料ダウンロードできる曲がCDで売り出してオリコンの日別のトップを取る
なんてことも起きています。
聴きたい曲はお金出してちゃんとみんな買っているって証拠かなと思ったり。

個人的にCD購買は増えてきています。
オリコンの上位に出てくるようなのを買っていないのですが。
自分の聞きたい音楽を買っています。

CDを買っていてすごい疑問に思うことがある。
CD自体に価値はそんなに無いなと。

そもそも音楽は自室のPCか、MP3プレイヤーのZEN X-fi2で通勤とかに聴いています。
音楽データを聴いています。
CDを買っても、パソコンに取り込みでデータにしたあとは、CDを触ることも全然ないです。

自分の意識ではCDは音楽データを載せた物体という位置づけですね。
容器です。それ自体に価値がなくて、その中身に価値があります。

音楽のダウンロード販売がもっと整ったらCDで買うこともなくなると思います。
ただ、今だと自分が欲しいのがなかなかネットのダウンロード販売していないです。

音楽がレコード→テープ→CDと流通方法を変えてきたように、
ただデータに変わるだけだと思っている。
物質を作ったり物流の手間もなくなるので、曲自体の値段が下がるだろう。

音楽者への直接の金銭の流れってのも出来てきている。
CD売れないって言っている人って、今までその利権にぶら下がっていた人達が、
儲からないって騒いでいるだけのように思える。

音楽は素晴らしい。音楽は人生を豊かにしてくれる。
音楽の持っているパワーはすごい。
利権で絡んでくる人達はもういいんじゃないかな。
充分儲けたでしょ?あとは僕達を楽しませてくれよ。
そう思っている。

2010/06/22

北朝鮮と共産党政権期のルーマニア

帰宅ラッシュのJRの環状線で大阪駅から阪急百貨店行って、催事でだだ混みの中を買い物し、
帰宅ラッシュのJR京都線まで行って、新快速でもみくちゃにされながら帰る。
ただただこれだけで一日分以上の気力を使い果たしました。
人混みは疲れるね、、、ども、安井です。こんばんは。


北朝鮮とチャウセスク政権時のルーマニアを比較していた。
これからの北朝鮮の姿なのかなと。

いろいろ書いていたけど、あほらしくなってきたのでやめやめ。
北朝鮮なんてはやく崩壊したらいいのにな。
中国共産党もはやく崩壊してくれたらいいのに。

日本も側面から見たら社会主義的な方向になっているのかなとも思いますがどうなんでしょうね。
ともかく税金が上がるのには反対したいですね。

2010/06/16

梅雨入り

首相がまた変わって菅直人になった。
どうなるかわからんが、あまりいい話しは聞かない。
左に流れていくとかもちらほら。
どんな風になるにしろ、マスコミの流れに唆されずに政治をちゃんとしてほしいなと思う。
人生、惰性で生きている安井です。こんばんは。


梅雨入りですね。
たまの雨ならいいんだけど、続くとどもう陰な感じになりますね。
それでもこの季節は一年に今だけなので、これもまた楽しもうです。

特に今日はなにがどうとか無いですね。
いたって平和な毎日を暮らしております。

今日は休肝日。
いろいろお休みしております。

仕事から帰ってきて本読んでました。
無職時代に戻りたいなと思いながら。
有り余る時間が欲しい。

おやすみなさい。

2010/06/09

今、考えるということ

来週にやっと会社の安井歓迎会が開かれるようです。
入社6ヶ月目にしての快挙。
というか、今まで忙しくて飲みに行けるような時間にみんな帰れなかったからね、、、
業務改善やたくさんの諦めを経て、
早めに帰るような風潮になってきたうちのプロジェクトチームです。
いいことだ。太陽たくさんみたいな、こんばんは安井です。


情報化社会、自分で考えることって減ったんじゃないかと思いました。
自分の考えで判断ってしてますか?自分の意見って自分で考えて持ってますか?
真剣になにかについて考えたことありますか?
この頃ちょっと減ってきたなと思っています。

よく思うのは、どこかで誰かが発言した文章を自分のものにしてしまっていること。
ネットだとすごい情報が氾濫していて、誰かがおもしろい発言したらそれを見て、
それをFavaritesやマイリストやブックマークなんかして、まるで自分の考えのように思っている。
そういう風潮ってよくあるなって思ってのです。

Tumblrか何かで流れていた文章にこんなのがあった。曖昧だけど、、、
「ネットは匿名性がとか言うけど、なんだかんだで発言元が誰なのかは解る。
完璧な匿名ではない。でも、国会での議員の野次は誰が何を言ったのか分からない。
こんな匿名は無い。国会議員がどれだけ批判を言っても誰か解らないなんてひどい。
ネットのようにログで残らない。誰が何を言ったかきちんとログとして残すべきだ。」
みたいな文章を見かけた。

パっと見はなるほどねって思うような文章かもしれないが、
国会議員の野次の匿名性なんて無いよなと思う。見学にも行けるんだし、テレビで録画もされている。
ログ残したい人がいたらなんとかできるレベルである。
ただ、誰もやろうとしなかっただけで、できないことはない。

こうやって少しでも自分で考えたらちょっと違うなって思うようなことでも、
すごい情報量が流れてくる中で、考えていろんな側面を見出すのってむずかしい。
そのまま受け止めてしまう場合がある。

公平性を欠いた文章が多くある中で、自分で判別するのは簡単なことじゃない。
それが現代だと、量が量だけに、できなくてそのまま入って来過ぎやしないかな。
簡単にそうだそうだって思ってやいないかな。
それって誰かが何かの為に狙って書いている文章なのかもしれないのに。

特に何かに対して批判する文章は誘導しやすいように思う。
○○党の政治は△△だ!とか、□□のやりかたはまるで▽▽wwwwみたいな。
それにさもそのような説明文を付けられたら信じてしまうかなと思う。

新聞が否定されている風潮だけど、某朝○新聞のように露骨な偏りがあったり、
なるべく中立を保とうとする記事だとか、
個人的には新聞のような、わかっている文章を書いてくれるのは引用しやすいし、信用に足りる部分もある。
新聞が一番って意味じゃない。人にナニカを伝えるのに公正さは必要だと言いたい。

何であれ、自分が受け取った情報はそのまま出すのではなく、
一度自分自身で咀嚼して、本当にその意味なのかを考えるべきである。
誰かにナニカを伝えようとする時に、考えずにコトバを発するのは悪に近いと思う。

インターネットがこれだけ人々の生活に入り込むようになって、得られる情報が増えた。
その情報を右から左に流すだけなんて、それはあなたのコトバじゃない。誰かのコトバ。
あなたが自分で発言するのは、自分で考えて、自分の責任を持って、自分で発言すべきである。
考えないことは罪

2010/06/07

収穫☆

土曜は「BIG BEACH FESTIVAL'10」へ行っていました。幕張まで。
いやいや楽しかったです。THE CHEMICAL BROTHERS、よかったねぇ。
新曲からStar Guitar、Hey boy,Hey Girlって流れ。ほんとはアンコールで何かやるんだったろうに、時間が無くて終わった感じがしました。
フェスにいろいろ行きたいです。歌はいいね。歌は心を潤してくれる。リリンの・・・どうも、安井です。No Music, No Life.こんばんは。


家庭菜園がいい感じです。
今朝、初めてのきゅうりの収穫をしました。4本。ちょっとすかすかだったけど、満足。
おいしく頂きました。

プランターでちょっとだけだけど栽培しています。
きゅうり、なす、とまと、みずな、ゴーヤ、モロヘイヤ、あとはコンパニオンプランツとして、パセリ、ねぎ、わけぎなんかを少々。

ほんと小さな家庭菜園やけどおもしろいです。
水菜はもう大きくなりすぎて花つけて実までできました。種はまた植えて冬に収穫しようかなと思っています。
きゅうりがうどんこ病かもしれないので酢を吹きかけてみたり。
モロヘイヤが倒されて折れてしまって悲しい状態だったり。
トマトがあんまり大きく育たなかったのは鉢が小さかったからかなと反省したり。
なんだかんだと手間が掛かる分、愛情も出てきたような気がします。

家の脇にプランターをずらりと並べているので、近所の人もよく見ています。
大きくなっていくのは誰が見てもおもしろいようで、近所の人との交流も増えた。
やれあれが大きくなっただの、支柱が必要だの、口うるさいのもいいもんですね。

じょじょに慣れていってそのうち畑ですね。
楽しみ楽しみ。実用も兼ねたいい趣味になりそうです。

2010/06/01

歯磨きは磨き

こないだ消防団関係のBBQがあったんやけど、そこでイカの肝のホイル焼きを食べた。
いやー、これをイカ刺しに乗せて日本酒と頂く。至福でした。
おりしも、「いしんしんじのごはん日記」で同じのが出てきていたので食べたいなと思ってたとこだったんですよ。
おいしいのを食べたら人間、幸せになれますね。人生幸せこんばんは安井です。

歯磨きしてました。
歯磨きしながら何気なく歯磨き粉のチューブの文字を見ていた。
ソルビット液、硫酸なんとか、なんとかナトリウム。。。。
相変わらずすごい名前の原材料だこと。

きっとこれ、微量だと身体にとって危険量じゃないんだろうとは思うけど、
これを毎日毎日数十年続けていたら何かしら影響があるんじゃないだろうか。
そんなこと思った。

そう思ってグーグル先生で「歯磨き粉 危険」で調べたら出るわ出るわ、、、
いろいろ見ていたけど、結局のところ、使用している薬剤に発がん性があるとかそんなのばかり。
それも大量に摂取すれば危険領域だけど、歯磨き粉くらいだと可能性もあるかもしれない。
みたいな分量だと見て取れる。
ま、それでも危険が危ないって誇大広告みたいな言い分ばかりだったけど。

個人的には使い続けるのはどうかなと思っている。
なんか身体にすごい悪い感じ。塩とかでいいのかなとも思ったり。

歯磨きはすごい大切だと思っている。日々の歯磨きは推奨したいし、歯は大切にすべき。
でも、歯磨きってもうちょっと見直されてもいいんじゃないかなと思う。
歯磨きの重要性はわかってきたんだから、次は磨き粉とか、磨き方とかもっと。

相変わらずどうでもいい文章ですが、そんな思いをつらつらでした。

2010/05/30

夭折

以前からかなり好きだったDJである"KAGAMI"が5月25日に急性心不全で亡くなったと、
彼と交流があった音楽家から発言があった。

27日の夜にウワサとして流れていたが、明けて28日の朝に彼と共に音楽をしていた"DJ TASAKA"が言っていた。
これでほんとうなんだと思えた。
正直、泣きそうでした。
ほんとうに。

最近ちょっと表に出てこなくて、友達ともしかしたらクスリでもやってんじゃないの
なんて言っていたけど、そんなことないとは思っています。
どんぴしゃな話しだったので、ちょっと驚いてもいます。
そんなこともなくですよ。たぶん。
本当に、彼のイベント楽しかった。
笑顔が無邪気なんですよ。あれは忘れられませんね。

彼の音楽センスには脱帽ですよ。
なんせ20代の前半からの十数年に及んでの私達に対しての影響。
すごいです。

もうね、これい以上このことを言えないです。
ご冥福をお祈りします。としか。
気持ちはそんなことないです。

黙祷

2010/05/26

中国はちょっとオシャレな北朝鮮

音楽っていいよなって思った。
特に理由は無いけど、誰が最初に作ったというか、確立させたんだろ。
なんとなくお酒飲みながら音楽聞いていてそう思った。
もしもピアノが弾けたなら。こんばんは、西田敏行です。いえ、安井です。


北朝鮮が韓国と国交断絶宣言したようで。
ドツボ嵌っていっているなと思っています。

個人的に北朝鮮が他国に対する挑発的な動きと、それに対応する欧米諸国の対応なんかよりも、
中国がどういう態度を取るかっていうのが興味ありますね。

よく見ていた中国観察のブログに
「中国はちょっとオシャレな北朝鮮」って書いている人がいたんだけど、
ほんとこのコトバ好きです。

こないだの中国軍の戦艦が沖縄沖を無断で横断したやつ、
公海だというが、あれは挑発行為であって、戦争になってもおかしくないくらいだと思う。
まったくもって北朝鮮と同じ。

不明確だけど、こないだの「たかじんのそこまで言って委員会」で勝家が言ってた。
タイのタクシン派に金や武器を渡しているのは中国であるって。
これさ、確証じゃないって言っていたけど、かなりありえるな~ってすっごい納得した。
タクシンは王制反対であって、タイが王制なのを中国が嫌っているからって話し。
まぁ、詳細はググったらいろいろ出てくると思うので、そのへんはどうぞ。

とにかく、中国のやり口にはヘキヘキだ。
日本の某ハト首相もたいがいだけど、中国のやり口だけは腹立たしい。
上海万博の失敗を発端に崩壊していかないかなと、わずかな望みを抱いております。

あ、北朝鮮の動きに対する中国の動向ね、
言うこと聞かない弟がやりたい放題やってしまってどうしようもない
って感じの中国の優しさが見たいのですよ。
中国すら見放してほしいなと思うわけで。

2010/05/21

魚釣り行きたい

雨の日は昼休みに会社の外にでられないからいやですね。
いまは客先常駐なのでどうあの雰囲気が嫌で逃げたい気分。
どうやら来週の中ぐらいから自社からの対応でいいようなので、気分的に楽だし、出社時間も普段通りに戻りそうで、今からよかった思っている安井です。
あいつらほんとダルい、こんばんは。


そんな朝からの早朝出社にも負けず、なるべく早く帰っての消防団活動に参加しています。
今週末に在住の地域の合同訓練があるので、それに向けた訓練をしています。
その選手に任命されたので、日々なんだかんだと消防訓練しています。

そういうことで消防団の人と交流が増えているのですが、
いろんな人が居て、釣りが趣味な人とよくはなしています。
数人いるんですけども、みんなけっこうやり手です。

自分なんて、釣りにはよく行くけど、素人に毛の生えたようなものなので、
時期的にどうだろか、ポイントだとか、釣った魚のおいしい食べ方とか。
そういうのいろいろ聞いています。

魚ではアンコウかなり好きなのですが、これって鍋以外の食べ方を知らなかったが、
煮付けにしたらかなりおいしいらしい。それも、おひたしに近い感じで煮付けるといいとか。
いやー、知らなかった。これはやってみたい。

時期的にはハマチが獲れて来るんだが、これの究極のおいしい食べ方を聞いた。
釣ったハマチは直ぐに内臓を取り出して、キンキンに冷えた海水でシメて、冷蔵庫で一週間寝かすらしい。
それを造りにして食うと最高に美味い刺身ができるとか。一週間寝かせて生で食うのな、、、
漁師に聞いてやってみたらすごかったと聞いた。さすがに個人宅ではやりにくいな、、、

ホタルイカだけじゃなくて、イカの沖漬けがうまいらしい。
ヤリイカ?なのかな、スルメイカのまだちっさいのとかを沖漬けにしたらかなりいいとか。
ひゃー。食いたい!

これからの時期、水温も上がってきて魚の動きも活発になってくる。
釣りに行きたいな。
月初に行ったらボウズやったしね、、、大物狙い過ぎたのもあったけど、、、

釣りに行きたい盛りですわ。
というか、たぶん、仕事が忙しいので現実逃避したいんだろなってことなんだろうけど、、、

2010/05/17

大阪のおばはん

日曜は御神輿わっしょいしてました。
今宮神社のお祭りです。還幸祭で、こないだ御旅所へ運んだ神輿を神社へ持って帰ってきました。
身体がギシギシです。
今週やばいです。出勤も早くなっているのにやばいです。消防団の活動もあるのにやばいです。
死なない程度にやっていきます。安井です。湿布臭いよこんばんは。


そんなこんなで業務の都合で、朝も早くから客先でデータ確認作業してます。
まったくもってなんじゃこりゃって感じの対応のためですわ。
萎える。やる気が出ない。うだうだ、、、

さておき、いつも弁当を持っています。
お昼、客先は大阪城が近いので、1人大阪城公園でほのぼのとお弁当を食べています。
大阪城懐かしいです。以前は京橋に1年半くらい通っていて、食後の散歩でよく大阪城公園歩いていました。
そんなこと思い出しながら食べています。
でも今は、京橋とは違う場所なので、また違う雰囲気です。

それにしても、散歩だかなんだかのおばはんによく声を掛けられる。
若いスーツのリーマンが1人公園で弁当食べてたら声も掛けたくなるのか。
弁当食ってる暇が無いくらい話しかけてくる。

「お弁当食べてんのか~?」って、見たらわかるやろw
「ひとりで食べてんのか?」って、見たらわかるやろw
「にーちゃん仕事なのか?」って、見たらわかるやろw
「どっから来たんや~?」って、見てもわからんか

あのビルは展望スペースは無いけど、上階まで上がれて見晴らしがいいとか、
おい、昔そのビル界隈にいたから知ってるわい。
最近は観光客で中国人が増えてきた。でも、マナー悪いのばかりやわ。って。
それすごい分かる!って意気投合する場面も。

とにかくおもしろいです。
今日は、全然知らないおばはんからミカンもらいました。
なんか和歌山から野菜を売りに来ているのがあったから、買って来た帰りだとかで。
にーちゃん、みかん食べるか?って。もらいました。
食べる時間がなかったので会社へ持って帰ったら、先輩達が大爆笑でした。

大阪のおばはんのパワーはすごい。
きっと燃料や稼動機関が違うんじゃないかと思うくらい。
100人くらい集めたら発電所も動くんじゃないだろうか。

お昼に声を掛けてくるけど、全然迷惑に思っていません。
むしろ楽しくて、お昼が待ちどうしいです。
なんでもそうだけど、頭ごなしに嫌がらないで、付き合ってみるとおもしろいものです。
人生、楽しいですよ。